第二回 カレー沢薫の労働と日々

会社員兼漫画家・コラムニストのカレー沢薫さんが、働くことの意味と意義と徒然をイラストとエッセイで綴る連載。第二回のテーマは「人生100年時代」。

「人生100年時代」だそうだ。

そんなにいらねえ。サービス精神旺盛な定食屋に「デブだからこのぐらい食うでしょ」と頼んでもいない大盛飯を出された気分だ。

しかし、日本人の寿命は確実に伸びており、2007年に生まれた子供は107歳まで生きる可能性が50%もあるそうだ、2007年に生まれなくて良かった。

しかし、今でも100歳生きる人はいるし、60代ぐらいで死んだら「早死に」と言われる時代であり、60歳でも「生き過ぎ」と言われるのは本人の人格の問題だ。

つまり65歳で定年したとしても老後が35年あるということになる「ヤダ、私の老後長すぎ!」である。

私は今年35歳になる、それですらキツかったのに、老人になってから「35年おかわり」しなければいけないかと思うと、やはり「そんなにいらねえよ」と炊飯器に飯を戻したくなる。

そんな超すぎる高齢化社会を迎えるにあたり政府も「人生100年時代構想会議」というのを開いたりしているようだ。

それより安楽死合法化はどうした、何故そんな斜め上の方向へいくのだと思わぬでもないが、仮に安楽死が合法化しても潔く死ぬかは別だ。

大体、昔から100まで生きたいという人より、無駄に長生きするより、体が動くうちにスパっと死にたいと言っている人の方が多い気がするが、全然みんなスパっといけてないから高齢化社会になったのだ、もうダラダラ寿命まで生きてしまうものだと思った方が良いだろう。

だが、35年ダラダラするのはきつい、ダラダラできたらまだいいが、35年生きるには35年分の金がいる、場合によってはギリギリ、タッチの差、写真判定の結果35年生きることになりかねない。

よって、長生きしてしまうのは仕方ないとして、その間をいかにマシにしていくかが「人生100年時代構想」だ。

 

まず一番最初に挙げられているのが「現役時代を長くする」だ。

つまり、長く働き続けることだ、その分「老後期間」が短くなる、また賃金を得ることができるので「老後の蓄えも増える」メリットだらけだ。

 

ただ残念なことに「嫌だ」という唯一のデメリットがある。

 

何故、65歳過ぎても働けるのが良い社会、のような論調なの。確かに65歳過ぎても働きたい人間が働けるのは良い社会、だが65歳過ぎても働かないと生きていけないというのは、相当悪い国だろう、小学生でも働かないといけないと言っているのと何ら変わりない、労働力としても小学生の方が素直で使える、という点でなお悪い。

 

65歳で定年しても、暇なだけで苦痛なだけだ、仕事や、やるべき事があるのは素晴らしいことなのだ、という意見もある、しかしどうせなら定年後ではなく、今そういう気持ちになりたい、今日曜で、明日からまた会社なのだ。

今行きたくない会社に65歳過ぎたら喜々として行くようになるとは、とても思えぬ。

だが実際、定年ですっぱり隠居する人は減っている、私の会社は60歳で定年だが、それ以降も契約社員として勤める人の方が多い。

そういう人たちがどういう動機で仕事を続けているかはわからない「働かないと生活が苦しいのか、それとも家にいても粗大ごみ扱いだからか?」と聞ければいいが、聞いた瞬間こっちが職を失いかねないので、確認する術がない。

ともかく100年生きるつもりなら長く働けよ、ということである。

そのために、まず企業はジジイババアでも雇うようにしろ、そして、ジジイとババアはジジイとババアになっても使えるスキルを身につけておけ、そして稼いだ金を長く持たせるために貯蓄はもちろん、資産運用も勉強もしておけ、とのことだ。

やはり35年もいらねえ。

半分でいい。あと17年6か月は炊飯器に戻すから、食いたい奴が食ってくれ。

 

残念ながら我々の老後は、自分が頑張るしかないようだ。

「がんばれジジイ、がんばれババア、僕(国)は限界だ」ということである、ちなみに今のはエキセントリック少年ボウイのメロディで読んでくれ、わからない若者は大好きなYouTubeで調べろ。

 

もちろん、年寄りはすっこんでいろ、という国も冷たい、長く社会に関われた方が良いだろう、だが、すっこんでいたい奴もいるのだ。

生涯現役、社員に「会長」と慕われ、裏で「老害」と呼ばれる老後もあれば、35年、空(くう)を見つめて過ごす老後もある。

 

良い社会というのは、生涯働けるではなく、どういう老後を過ごすか自分で選べる社会ではなかろうか。

時間を潰すにしても、今だって仕事よりソシャゲの方が楽しいのだ。老後も「暇だ、働きたい!」とは思わないだろう、新しいソシャゲを探すだけだ。

やはり、ボーッとしてても仕方ないから老後も楽しく働きましょう、という喚起の仕方は無理がある。

働かないと、屋根のある家でボーっとすることすら出来なくなる、と考えたほうが良いだろう。

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